私設Blog「黒曜石の図書館」

本、言葉、文化にまつわるエトセトラ。

「私たちは生きているのか?」読了、思うことなど。

今日は一日中、教材研究で中島敦の「山月記」に取り組んでいた。

 

人間が人間の問題を考える時、媒介するものが「人間ではないもの」である事が面白い。

そして人間の定義は?とも悩ませられる。

虎になった李徴も、森博嗣ワールドのウォーカロンも、私たちの生について思いを巡らせてくれる。

 

ネタバレとも言えるような事も含むので、以下読み終わってからどうぞ。

 

今回の舞台はアフリカ。

アフリカらしいことは冒頭のバイクに乗る場面くらいで、むしろ舞台はバーチャル世界。

バーチャルだから「あの方」が登場するかと思ったが。

 

脳だけになって、雨も降らない塵ひとつない世界で、ストレスなく生きる。

幸せだろうか?

 

ではこの雑多な世界で私たちが幸せだと感じるのはどういう時なのか。

 

月の光は、暗闇の中でしか見る事が出来ない。

幸せってそういうことだろうか。

 

「生きているものだけが 、自分が生きているかと問うのだ 。」

生きていること自体に価値を見出す。

そういうベーシックなことが案外大事なのかもしれない。

 

デボラとの交流のシーンが、なんだか優しくて良かった。

友情の定義。なるほど。

 

私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback? (講談社タイガ)

 

 

「老いる家 崩れる街」住宅過剰社会の末路

「現在約800万戸の空き家が 15年後には 2100万戸を超える…  3戸に1戸が空き家に!あなたのまち、将来、本当に大丈夫ですか?」

衝撃的な帯。

 

我が家(分譲マンション)は、街の中心部にある駅までは車で15分という比較的「新興」の立地にある。

街の中心部はよくあるパターンだが、人通りが少ない。夜間人口も少ないと思う。

新興住宅地のさらに向こう側に最近また新しい家がどんどん立ち始めており、常々これはどうなのかなと思っており、読んでみた。

 

本書では個々の住宅ではなく、街全体の問題に焦点を当てている。

・都心の超高層マンションの乱立の背景

超高層マンションが老朽化したら、最終的にはどうする?普通のマンションでさえ住民の合意を得るのは大変なのに…

・地方都市について。街が広がるということは、公共サービス(水道などのインフラ、学校なども)も範囲を広げる必要がある。すると行き届かなくなる。税金が余計にかかってしまう。

・民間業者はとにかく売りたい。住む人が居ないのに賃貸アパートをどんどん作るサブリース問題など。

・行政も、とにかく自分たちの街に人を呼び込みたい。住民の奪い合いになっている。それで良いのか。

などなど。

一番良いのは、既存のまちが活用されること。

中古住宅をリフォームするなどして、中心部に人が戻ることだ。

郊外に住んでいる身ではあるが、そうして中心部に活気が戻れば好循環になるだろうなと思う。

 

家を建てるまたは相続する ひとりひとりが、問題意識と責任を持たなければと著者は警告する。

「将来世代に今よりもっと良質なまちを残そう!というポジティブな視点から取り組むことが重要。権利だけを主張するのではなく、まちや住まいの維持管理に関わる義務があるという意識を持たなければならない」

「家」=「自分たちだけの問題」と捉えがちだけれど、家の集合がまちであり、広くは国だ。

我が事として、真剣に考えなければいけない。

 

こうしてみると、ヨーロッパでは古い建物をリノベーションして住んでいるが、素晴らしいことだと改めて思う。(築500年とか)

木と紙の家でそのまま真似するのは無理だが、古民家再生も盛んなことを考えると、方法は色々ありそうだ。つくづく、日本人に必要なのは「長い目」であることだ。

 

老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路 (講談社現代新書)

 

学ぶ

今年度、某地方国立大学で、科目等履修生として前期3つ、後期3つの講義と、夏休みに集中講義を1つ受講した。今日の試験で全て終了した。

学ぶことの喜びと幸福を味わうことが出来て本当に良かった。現役の時には気づかなかった。勿体無いことをしていたものだ。

 

やはり文学が私の生きる道だったと気付かされた。

好きなら突き詰めれば良い 。

「その分野じゃ食えないよ」と言われて、妥協したことがいくつもあるが、一番悪いのは、「妥協すること」なのだろう。

 

来年度から、高校で現代文を教える予定だが、この経験を伝えられれば良いと思う。

いや、多分私が教わった先生方はみなさん仰っていたのだ。「あの時勉強しておけば良かった、って後悔するよ」と。

つまり、簡単なことではない。

しかし…老婆心というのは、この気持ちなのだろう。

きっと私は、どなたか先生からバトンを受け取ったのだ。

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