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私設Blog「黒曜石の図書館」

本、言葉、文化にまつわるエトセトラ。

「騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア」読了

第1部を読み終えたので、印象など書き留めておく。

 

これは、集大成かもしれない。

 

損なわれた主人公、以前の主人公たちよりも「損なわれた」点を早々自覚している。

一人称は「私」になった。「僕」からの成長?

全てが終わってからの回顧という今までにないスタイル。

ねじまき鳥と同じような井戸。

第二次世界大戦の影、ノモンハン事件を彷彿。

「妹」、ふかえりの面影。

真っ暗な風穴の中で損なわれる妹。

日本画家 雨田具彦。安田靫彦

イデアカーネルサンダース海辺のカフカ

 

「アンチ村上春樹」という存在のことを耳にした。

村上春樹作品を必要としないタイプの人もいるだろうなと思う。

必要とする人たちは、多分、自分に不足があるのを感じている人だと思う。

村上春樹は自己意識に深く潜って作品を書いているそうだが、個々の意識の深いところには何故か人々に共通のものがある。

作品を読むことで、不足を感じている人たちは村上春樹を導き手としてそれを探しに行く。

そこが村上春樹作品の本質だと思う。(スコッチとかスパゲティではなく)

満ち足りた人たちは、その過程に意味を見出さない。

そういうことかと思う。

 

第2部がどうなるのか、純粋に楽しみだ。

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

「私たちは生きているのか?」読了、思うことなど。

今日は一日中、教材研究で中島敦の「山月記」に取り組んでいた。

 

人間が人間の問題を考える時、媒介するものが「人間ではないもの」である事が面白い。

そして人間の定義は?とも悩ませられる。

虎になった李徴も、森博嗣ワールドのウォーカロンも、私たちの生について思いを巡らせてくれる。

 

ネタバレとも言えるような事も含むので、以下読み終わってからどうぞ。

 

今回の舞台はアフリカ。

アフリカらしいことは冒頭のバイクに乗る場面くらいで、むしろ舞台はバーチャル世界。

バーチャルだから「あの方」が登場するかと思ったが。

 

脳だけになって、雨も降らない塵ひとつない世界で、ストレスなく生きる。

幸せだろうか?

 

ではこの雑多な世界で私たちが幸せだと感じるのはどういう時なのか。

 

月の光は、暗闇の中でしか見る事が出来ない。

幸せってそういうことだろうか。

 

「生きているものだけが 、自分が生きているかと問うのだ 。」

生きていること自体に価値を見出す。

そういうベーシックなことが案外大事なのかもしれない。

 

デボラとの交流のシーンが、なんだか優しくて良かった。

友情の定義。なるほど。

 

私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback? (講談社タイガ)

 

 

「老いる家 崩れる街」住宅過剰社会の末路

「現在約800万戸の空き家が 15年後には 2100万戸を超える…  3戸に1戸が空き家に!あなたのまち、将来、本当に大丈夫ですか?」

衝撃的な帯。

 

我が家(分譲マンション)は、街の中心部にある駅までは車で15分という比較的「新興」の立地にある。

街の中心部はよくあるパターンだが、人通りが少ない。夜間人口も少ないと思う。

新興住宅地のさらに向こう側に最近また新しい家がどんどん立ち始めており、常々これはどうなのかなと思っており、読んでみた。

 

本書では個々の住宅ではなく、街全体の問題に焦点を当てている。

・都心の超高層マンションの乱立の背景

超高層マンションが老朽化したら、最終的にはどうする?普通のマンションでさえ住民の合意を得るのは大変なのに…

・地方都市について。街が広がるということは、公共サービス(水道などのインフラ、学校なども)も範囲を広げる必要がある。すると行き届かなくなる。税金が余計にかかってしまう。

・民間業者はとにかく売りたい。住む人が居ないのに賃貸アパートをどんどん作るサブリース問題など。

・行政も、とにかく自分たちの街に人を呼び込みたい。住民の奪い合いになっている。それで良いのか。

などなど。

一番良いのは、既存のまちが活用されること。

中古住宅をリフォームするなどして、中心部に人が戻ることだ。

郊外に住んでいる身ではあるが、そうして中心部に活気が戻れば好循環になるだろうなと思う。

 

家を建てるまたは相続する ひとりひとりが、問題意識と責任を持たなければと著者は警告する。

「将来世代に今よりもっと良質なまちを残そう!というポジティブな視点から取り組むことが重要。権利だけを主張するのではなく、まちや住まいの維持管理に関わる義務があるという意識を持たなければならない」

「家」=「自分たちだけの問題」と捉えがちだけれど、家の集合がまちであり、広くは国だ。

我が事として、真剣に考えなければいけない。

 

こうしてみると、ヨーロッパでは古い建物をリノベーションして住んでいるが、素晴らしいことだと改めて思う。(築500年とか)

木と紙の家でそのまま真似するのは無理だが、古民家再生も盛んなことを考えると、方法は色々ありそうだ。つくづく、日本人に必要なのは「長い目」であることだ。

 

老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路 (講談社現代新書)