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私設Blog「黒曜石の図書館」

本、言葉、文化にまつわるエトセトラ。

万葉集の魅力を再発見する

万葉集だか古今和歌集だか新古今和歌集だか百人一首だか…

和歌への関心が低く、どれがどれだかわからないナアと思っていた。

本歌取りトカナントカ、その歌単体では理解出来ないのも、面倒だという印象があった。

 

しかし知らないではちょっと勿体無いなと最近思えてきた。(歳の所為かもしれない)

万葉集が一番古いから、本歌取り云々は考えなくて良い。まずは万葉集にしよう。

 

図書館で良さそうな本を見つけた。「大和路四季の花歌 (孔雀ブックス)

花・木を詠み込んだ歌と解説、その植物のカラー写真で構成されており、四季毎になっている。

何よりあまり厚くない(!)。

お恥ずかしいことに私は花の名前にも明るくない。でもこの本なら一挙両得だ。

 

万葉集は、古いものは5世紀前半〜756年という3世紀に渡る期間の歌を集めた歌集。

大伴家持が編者と言われている。

詠み手は天皇皇族から庶民までと、幅広い。

このあとの歌集は貴族の歌ばかりで、捻りに捻ってなんとなくいけ好かないが(あくまでも現段階における個人の感想)、市井の人の想いが詠まれたものが千年以上の時を経て読めるというのは凄いことだ。

飾り気がなく、素直な歌に心惹かれる。

しかし何より驚くのは、この時代にはまだ「ひらがな」がないので、外来語の「漢字」だけで表記したという点。

 

 茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流

あかねさす  紫野行き  標野行き  野守は見ずや 君が 袖振る

(人目も憚らず手を振るのはいけませんよ、昔の恋人のあなた。)

額田王

 

紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方

紫草の にほへる妹を  憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも

(だって好きなんだもの、わかるでしょう?)

大海人皇子

 

暴走族もびっくりの当て字。

表記する手段がないくらいはるか昔の人達も、恋しいという気持ちを相手に伝えたかったのだなと、不思議な思いがする。

そして、歌にふさわしい字が必要だ、とひらがなを誕生させたというのも、思いの強さを感じさせる。

 

この本で紹介されているものではないが、秋の歌。

吾背子が  かざしの萩に 置く露を  さやかに見よと  月は照るらし  作者未詳

 

明日の夜、月が見えることを祈りつつ。