私設Blog「黒曜石の図書館」

本、言葉、文化にまつわるエトセトラ。

昼メロか70年代少女漫画か。「虞美人草」

予備知識ほとんどなしで虞美人草を読み始めた。

冒頭から、宗近くんと甲野さんのどちらがしゃべっているのかわからなくなる。

ミステリ小説で冒頭に登場人物の名前が書いていることがあるが、あれはとても良いと思う。

 

甲野欽吾 27

宗近一 28 欽吾の従兄弟であり友人

甲野藤尾 24 欽吾の腹違いの妹

宗近糸子 22 一の妹

 

小野清三 27 藤尾の恋人

井上孤堂 小野の恩師

井上小夜子 孤堂の娘

 

これらの登場人物が織りなす恋愛ドラマ、という体で物語が進んで行く。

途中までは、夏目漱石がこういうものを書くのは意外だと思って読んでいた。

昼メロか、戯曲か、70年代少女漫画が似合いそうなドロドロ感が漱石らしからぬ雰囲気だ。

 

結局全て読み終わり、柄谷行人氏の解説まで読んで、やはりこれは漱石なんだと納得する。

恋愛を巡って物語が進むように見えるが、恋愛は小道具に過ぎない。

まさに金時計と同じく。

 

登場人物は、結局誰も誰のことも愛していない。

「満腔の誠を捧げて我が玩具となるを栄誉と思う。…藤尾の恋は小野さんでなくてはならぬ。」

「何事も金がなくては出来ぬ。金は藤尾と結婚せねば出来ぬ。結婚が一日早く成立すれば、一日早く孤堂先生の世話が思う様に出来る。」

「外交官の女房にゃ、ああ云うんでないと不可ないです」

 

漱石の本領は、人物が内包している悲劇性をほのめかしている点にある。

欽吾や小野を行動に駆り立てる内情の描写こそがこの作品の肝であり、この先の作品(前期三部作もこの後)のエゴイズムを描いていくことにも繋がっていくのだろう。

 

過去が追いかけてくる、という表現が秀逸だ。明治時代ならではの作品と言えるだろう。

目まぐるしく変化を遂げた明治という時代は本当に興味深い。

汽車に初めて乗った人たちは、そのスピードになかなか慣れなかったという。

逆を言えば、当時の人たちがよく激流に乗ることが出来たなと感心もする。

明治。面白い。

 

虞美人草 (新潮文庫)