私設Blog「黒曜石の図書館」

本、言葉、文化にまつわるエトセトラ。

映画「舟を編む」とアニメ第1話

原作は未読。

アニメ第1話の出来がかなり良かったので、映画を観直す。

 

言葉がどうして存在するか、それは他者とコミュニケーションをとりたいから。

言葉の海を漕いで、他者と繋がりを持つ、そのための舟が辞書。

 

そういうことが松本先生の口からさらりと語られる。

馬締たちが作る辞書の名前も「大渡海」。

 

初見の時は、辞書作りの行程へ興味や、恋の行方をメインに観た。

それはそれで面白かった。

しかし改めて観ると、言葉の海を漕ぎ出した馬締が、手段から入って目的にたどり着いていく様子が丁寧に描かれていることに気付く。

つまり、とにかく舟を編むことを始めた馬締は、西岡やかぐや、辞書作りの仲間たち、それらの「島」へどんどん向かって行けるようになる。

ひとりで寂しく昼食を取っていた馬締の周りには、いつしか沢山の人が居るようになる。

 

言葉で繋がる人と人。

意思疎通。

馬締が戸惑ったのは、辞書作りの行程の過酷さだけではなくて、言葉の役割のあまりの重大さに気付いたからなのかもしれない。

 

馬締の下宿の雰囲気から、映画の時代が昭和だったような気がしていたが、1995年から始まっていた。1995年は最近の話という気がしてしまう…と書くと、若くないことが露呈しそうだが。

アニメでは「96年度決算」というようなファイルを馬締が整理するシーンがあったが、少しずらすのだろうか。最近のアニメのリアリティの追求は本当に目を見張る物があるので、この作品も色々と楽しみだ。

 

映画 舟を編む

アニメ 舟を編む 第1話 茫洋