私設Blog「黒曜石の図書館」

本、言葉、文化にまつわるエトセトラ。

「吾輩は猫である」読了

少なくともこの文庫本を購入したのは2回目である。

下手をすると、3回目かもしれない。

やっと読み終わった。

 

最初のうち「吾輩」は、この先は自分は目撃していないことであるから、残念ながら事の顛末はわからない、とか言ってやめにしてしまうエピソードもあった。

しかし最終的には、苦沙弥先生の頭の中の思考さえ語っていて、「撫でられればその人の考えがわかる」ということになってしまった。スーパーニャンコである。

 

滑稽な話題の積み重ねであるようでいて、実は辛辣な文明批判あり、女性蔑視の思想ものぞいている。

イギリス留学から帰ってきて日本の行く末に絶望し、好きでもない教師の仕事に明け暮れて、神経衰弱の発作的症状に苦しんでいた時期。

むしろ、猫の姿を借りて滑稽に見える書き方で思いを吐露したことは、驚異的でさえあるのかもしれない。江戸っ子である漱石が愛した落語的諧謔が無意識にその筆を支えたのか。

 

漱石がいなかったら、日本の近代文学は成り立っていない。

吾輩は猫である」なしに「漱石」は存在し得ない。

野良猫が迷い込んでこなければ、「吾輩は猫である」は書かれ得ない。

 

小説と同じく、本当に名前もつけられないまま夏目家で生涯を終えた猫は、神様(か何か)の使いだったのではないか。神様は時々、そういう不思議な導きを示す。

そんな気がする。