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私設Blog「黒曜石の図書館」

本、言葉、文化にまつわるエトセトラ。

「チェルノブイリの祈り 未来の物語」

書籍

2015年のノーベル賞作家、スベトラーナ・アレクシェービッチによるドキュメンタリー。

通常、証言集、ドキュメンタリーならば本の冒頭部に事実関係がまとめられるものだと思うが、この本で「事故に関する歴史的情報」として掲載されているのは全ての証言の後である。


チェルノブイリでいったい何が起こったのか。
それはこの本を読んだだけではわからない。

しかし、たくさんの証言の中から見えてくるのは、ひとりひとりの中の「真実」だ。
原子炉が爆発して、放射能漏れが起こった。
それは「経緯」「事実」に過ぎない。

人々は目に見えない放射能ことはよくわからず、戦争じゃないから大丈夫、と農耕を続けた。

それが彼らの当たり前の生活だからだ。

事故現場で作業に当たった消防士の妻は、放射能汚染で朽ちてゆく夫のために、何でもしてあげようと献身した。

愛する人だったからだ。

 

印象的な一文が以下の通り。
「私たちはいつも〈われわれ〉といい〈私〉とはいわなかった。

〈われわれはソビエト的ヒロイニズムを示そう〉(略)

でもこれは〈私〉よ!〈私〉は死にたくない、〈私〉はこわい。」

ソビエトという国の人々のマインド。

 

この本が書かれたのは、チェルノブイリの事故から10年後の1996年。
そして私たちの国では2011年に福島の原発事故があった。
「未来の物語」!!

 

チェルノブイリから31年、フクシマから6年が経とうとしている。
ベラルーシウクライナの人々は10年経ってもうまく表現出来ない様子が読み取れた。
いまはどうなのだろう。
〈われわれ日本人〉は?

 

毎月一度、茨城から宮城に車で行く用事があり、常磐自動車道を利用する。

車外に降りてはいけない帰還困難区域を通過しながら、土嚢袋が一面に置かれているのを目にする。

かつて当たり前の暮らしがあった、誰もいない農村。

つい先日小型カメラを原子炉格納容器内部に入れるのがうまくいかなかったので中断、というニュースを聞いた。
フクシマの原発はアンダーコントロールだそうだけれど(!)…

 

われわれは歴史から何を学ぶのか。
私は歴史から何を学ぶのか。

 

「私たちはいつかチェルノブイリにもどってくるんです。そのときには、チェルノブイリがなんだったのかもっとはっきりし、チェルノブイリは聖地になり、なげきの壁になるでしょう。いまはまだ解き明かす公式がない。理念がないのです。」

 

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)